2007年04月

2007年04月13日

後藤さん用ブログ

2007年04月23日

思い通りにならない子育て

はじめまして。臨床心理士と音楽療法士をしている後藤浩子です。おかざき先生に背中を押してもらって、こうして、はじめて書いています。

実は、私は、“迷える子羊”母なのです。

次男(三番目の子)が中学校に入学しました。ほとんどの公立中学校がそうであるように、連休までの3週間ほどが、部活動を決めるために体験する仮入部期間なのです。
新しい体操服を着た新入生が、張り切っていろいろな部で体験をしています。
私がスクールカウンセラーで行っている中学校でも、同様。新一年生が、ジャージ姿でランニングをしたり、剣道の竹刀をふっていたり、本当にほほえましい光景です。

さて、次男。きっと、いろんな部を巡って、迷って決めるのだろうと、私は期待していました。
ところが、どうも、どこへも行ってこずに帰宅しているようで、友達とゲームに明け暮れているのです。
「今日、どの部見た?」と聞くと、「陸上」「バスケット」「バレー」「卓球」と、答えるのです。が、どうも、帰りがけに、陸上の生徒が走っているのを横目に見た程度。体育館を通って、靴箱に行くときに、ちらっとバスケやバレーが見えただけの様子。そこで、上の子二人が、「ちゃんと見て、体験してこい!」と一喝。すると、「どうせ、ボクはアホです~」とすねる。
どうして、じっくり見てこないのかと、たずねると、次男曰く、「部活が始まったら、もう遊べんようになる。だから、今、ゲームしまくっとく。」
ウーム、そういう考え方もあるのか。でも、私の辞書にはなかったなあ。
はりきって、一生懸命いろんな部を見て、悩んで、決める…そういう理想が私の中にある。
しかし、次男の生き方も、一つの生き方。それを受け入れるのって難しい。
部活一つ取ってみても、思い通りにならないことだらけ。

その次男の名言…「お母さん、俺らのおかげで、勉強になるやろ」と。ほんとにそう。

2007年04月25日

オルガン

私の音楽との出会いは、私を教会のオルガン奏楽者にしたいという母の思いから、ピアノを習ったこと。

こないだの日曜日は、礼拝のオルガンの当番であった。オルガンの奏楽は、前奏や讃美歌をひいたり、献金のときにBGMのように曲を弾くことなどである。
讃美歌はあらかじめ決まっていて、前奏と献金のときの曲は自分で決めていく。しかし、献金のときの曲は、ちょっと音楽療法的なのだ。牧師さんの説教(お話)の後に献金の時間があるので、お話の内容によって、献金の曲がかわってくる場合があるのだ。
実は、その日、私は、ビヴァルディの四季の「春」を弾こうと考えていた。しかし、牧師さんの話の中には、タイタニック号が沈んでいくときに、楽団が演奏していた『主よみもとに近づかん…』のことが出てきた。「四季」か「主よみもとに…」か、さあ、どう、どっち?この話にあうのはどっち?

もちろん、用意していた「四季」は、またの機会にして、私の手は「主よみもとに近づかん。…」を弾いていた。牧師先生とお話と神様と礼拝出席者がひとつになるように。
音楽療法で人と出会うときに演奏するその感じに似ている。

2007年04月30日

吹奏楽、青春

昨日、長男の入っている高校吹奏楽部の定期演奏会を見た。息子はオーボエ。マーチングの時は大太鼓。吹奏楽の世界は、熱くて、青春そのもの。冬に退部した友人が一言。「最初の曲の15秒でボロ泣きした、やばい。北高の演出は、泣かそうとしとる。」と。
息子は中学時代は野球部一筋。バットをオーボエに代え、ドレミも読めないところから、一応みんなの中で音を出し始めて一年。先輩や同級生に手取り足取りしてもらって、どうにかこうにか。しかしこの時代はなんて、成長が早いのだろう。どうにか楽譜通りに音を出せるようになるものだ。大人ではこうはいかない。残念ながら、昨日の定演で、息子は退部するが、密度の濃い一年だった。

野球の部活終了は、夏の総体で負けが決まった瞬間、悔し涙の沈黙の中で。
吹奏楽の終了は、感動と充実と、いっしょにやり遂げたという涙と、涙の中の笑顔の中で。

今、音大で、音楽療法の授業を受けている、管楽器や弦楽器の専攻の学生さんたち、みんな、このような感動の中で音楽や自分を育ててきたんだなあと改めて実感。私は、合唱部にいたので、吹奏楽の感動は、知らず、本当に、新鮮な青春を感じた半日だった。明石北高校の音楽部の皆さん、ありがとう!

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