私の音楽との出会いは、私を教会のオルガン奏楽者にしたいという母の思いから、ピアノを習ったこと。
こないだの日曜日は、礼拝のオルガンの当番であった。オルガンの奏楽は、前奏や讃美歌をひいたり、献金のときにBGMのように曲を弾くことなどである。
讃美歌はあらかじめ決まっていて、前奏と献金のときの曲は自分で決めていく。しかし、献金のときの曲は、ちょっと音楽療法的なのだ。牧師さんの説教(お話)の後に献金の時間があるので、お話の内容によって、献金の曲がかわってくる場合があるのだ。
実は、その日、私は、ビヴァルディの四季の「春」を弾こうと考えていた。しかし、牧師さんの話の中には、タイタニック号が沈んでいくときに、楽団が演奏していた『主よみもとに近づかん…』のことが出てきた。「四季」か「主よみもとに…」か、さあ、どう、どっち?この話にあうのはどっち?
もちろん、用意していた「四季」は、またの機会にして、私の手は「主よみもとに近づかん。…」を弾いていた。牧師先生とお話と神様と礼拝出席者がひとつになるように。
音楽療法で人と出会うときに演奏するその感じに似ている。
コメント (6)
演奏していらっしゃるのは、どこの教会ですか?
私は赤ちゃんの時に洗礼を受け、一応クリスチャンですが、ちっとも教会に通わない、不真面目な者です。日曜の朝に三宮の北野に通うのはちょっと遠いなと思ってしまいます。でも、賛美歌は大好きです。
娘はプロテスタントの学校に通っているおかげで、随分賛美歌を覚えたようです。洗礼を受けたいと言っています。オルガン演奏も希望者には少しだけ教えていただける機会があり、勧めたのですが、その頃はその気はなく、今頃になって習っておけば良かったと言っています。
投稿者: K.I. | 2007年04月27日 11:25
日時: 2007年04月27日 11:25
K.I.さんへ
そうなんですか?!私が通っているのは、芦屋のプロテスタントの教会です。JR芦屋から山の方へ歩いて5分ぐらいのところ。私も忙しさにかこつけて、2ヶ月に一回ぐらいの礼拝出席なんです。でも、なんだかつながっているような気がするんですよね。オルガンは、アーレンオルガンというものです。讃美歌もいいですよね。また、行かれる機会があるといいですね。
投稿者: 後藤浩子 | 2007年04月28日 00:44
日時: 2007年04月28日 00:44
ををを!
後藤先生とK.I.さんとのお話が盛り上がっていますね(^-^)
後藤先生の演奏は本当に温かく、慰めに満ちて、彼女そのままを感じさせます。
かつてある場所で会場準備をしていた私は、後藤先生が
「主よ、人の望みの喜びよ」を弾き始められた途端、涙があふれて止まらなくなったことがあります。
当時、私はある事件後のケアに関わっていて、
ああ、私はこんなに辛かったんだとその時に気づきました。
音楽の力は素晴らしいですよね。
その時から 私の携帯着信メロディーはこの曲です(^-^)/~
不肖 音楽学部の講師
ただし子どもの時にピアノの先生から破門になった身(^ ^;
投稿者: 岡嵜順子 | 2007年04月28日 03:25
日時: 2007年04月28日 03:25
こんばんは、わたくしは、おかざき先生のもと同僚で現在戦友であります、臨床哲学者と申します。こちらのほうへも、ときどき音楽の話などでお邪魔したいと想いますが、枯れ木も山の賑わい、ということで・・・
さて、4世紀の有名な教父アウグスティヌスの著作の中に次のような一節があります。とある音楽の教科書からひっぱってきました。
「私は歌そのもの(音楽の調べ)よりも歌われている内容(歌詞すなわち祈りと神への言葉)に心を動かされるのです。このように高らかに歌うという制度は大きな効用を有すると認めますが、一方で、聖歌が(音の調べ自体への)快楽へ引き込む危険を恐れたりもし、動揺しております」
わたし、古楽の大ファンでして、ミサ曲などもダイスキでして。しかし・・・やっぱり音楽って、はじめから「アブナい」もの扱いだったんですね。意識的に意図された「内容」よりも、それが含む情報作用は感得しきれないほど膨大。
それにしても、古来キリエ・エレイソンという言葉ほどたくさん作曲された「歌詞」もないのではないでしょうか。
むかしむかしのミサなどを聞いていると、やっぱりJ.S.バッハってすげぇ、とか想ってしまいますです。
ドレ・ミソファ・ファラソ・ソドシ・ドソミ・ドレミ・ソファミ・レミド・シドラ・ソドシ(あ、おかざき先生、携帯鳴ってる)・・・なんてね。
同じ教科書にありました。
大バッハは「海」だそうです。
すべてが流れ込み、そこからすべてが生まれ出る、海。
投稿者: 臨床哲学者 | 2007年04月30日 00:53
日時: 2007年04月30日 00:53
臨床哲学者さま
格調高いコメントをありがとうございました。このコーナーが、一瞬にして、音楽性高く、深く引き上げられました。私は、実は、勉強不足で、臨床哲学者さん(略して臨哲さん、あ、いい響き!)の書いておられるところは、ほとんど不明の部分なんです。臨哲さん、勉強させていただきありがとうございました。
おかざき先生、♪主よ人の望みの喜びをの話、ありがとうございました。そうでしたね。そんなふうに思っていただきうれしいです。あ、相愛でも少しだけ弾きました。
投稿者: 後藤浩子 | 2007年04月30日 21:33
日時: 2007年04月30日 21:33
ををを!
ここでも臨床哲学者さんが(^-^)
音楽の力、カタルシスって、本当にすごい!と思います。
あるメロディを聴いただけで、それを耳にした情景が蘇ってきます。
キリエ・エレイソン
聖堂に響く荘重な調べ、小さい頃から馴染んだものです
(ミッションスクール在 しかも女子高12年(^ ^;)
いまだにラテン語の聖歌が歌えます(^ ^;
そのせいか、今でもバロック音楽を聴くと、とても落ち着きます。
どんなイライラした状況でも、パッハベルのカノンなどを聞かせてもらえれば
1時間でもゆったりと待てます。
K.Iさんも臨床哲学者さんも 合唱部なんです。
後藤先生も合唱部でいらしたんですね。すごい!!!
いつか オフ会でコーラスができると良いですね(^-^)
臨床哲学者さん、ブログ、こちらへ移動いかがですか?
いつでも席を空けて待っています(^-^)/~
投稿者: 岡嵜 順子 | 2007年05月01日 00:15
日時: 2007年05月01日 00:15