一ヶ月半の沈黙を破り、今また恥ずかしながら登場!
みなさま、ほんとうにお久しぶりです。一ヶ月半のご無沙汰大変失礼しました。
沈黙の間、実は、いろいろあったのです。
ほんとうにいろいろあると、書くエネルギーもないのですね。それをひしひし実感。
何があったかって?!それは、またのお楽しみ。おいおい書いていくことにします。
キーワードは息子・夫・学校・娘・バナナスタンド・発達障害・勘違い…ワクワクします?
この3日間は連日研修会。
13日(金)スクールカウンセラーの連絡協議会。心に残ることばあり。
いじめ問題への対応について、シンポジウムで、次のような質問が。
「『いじめられている』と感じた子、早いものがち(言ったものがち?)ではないか?いじめられた子にも問題があるのではないか?いじめられた子がよくて、いじめた子が悪い、になる危険性があるのでは?いじめられたことによるトラウマの診断もPTSDであったり、適応障害であったり、人格障害であったりするのだから。いじめられた子には問題はない、ではないのではないか」と。すると、T先生が一言。『いじめられた子にも問題があると言うと、『原因があって、悪い』というストーリーになる。例えば、発達障害がある子の事例で、言われても仕方がないというほど、鼻水を垂らしていた子がいた。その時、先生が、“ティッシュで鼻水をふいて、袋に入れる”という指導をしたところ、鼻水のことを言われなくなった。このように、望ましいかかわりは何?と考えるそのことが大事だ!」私は、心の中で大拍手。
14日(土)西宮音楽療法研究会で、臨床心理学講座。
先週のおかざき先生の講義を受けて、私なりに音楽療法を交えて話をするという時間。前日、台風が来そうで、“来ないでほしい”という思いと、“来てほしい”(つまり、研究会で私の話をするのが流れてほしい)という思いと、半々…。しかし、雨の中たくさんの方が来てくださって、ありがたかった。人生曲線とその時々に支えられた音楽について考えてもらって、そして、発表していただいた。皆さん、いろいろな音楽に触れてエネルギーをもらったり、浄化したり…。大切な思いを伺った。ほんとうに、時間が足りないほど。それから、相互になぐりがきをする体験をしてもらい、次に、打楽器で相互に音を出し合う体験をしてもらった。相互スクイグルと音楽での相互スクイグルみたいなものの共通点を感じてもらえたらと思った。前日のT先生のことばも伝えようと思っていたのだが、時間切れ。
15日(日)京都で子育て支援研修会。
おかざき先生のブログでちょうどADHDのこと書かれていて、タイムリー!以心伝心!
我が息子のことも視野に入れながら、第二次障害のことをなるほどと思いながらきく。
N先生の話に共感。その中で、「診断や対応が難しいのは、子どもを見る人の“閾値”が違うことだ”という話があった。何でも、あるADHDの子の母親が反抗を主訴としていたのだが、必要あって家庭訪問訪問してみると、家の中ぐちゃぐちゃだった。この母自身、何が大事か優先順位がつけられないというADHD?の疑い。その子のADHDの方が問題だろう、それなのに、この母親は、ADHDに対する閾値が広かった…」というような話。 as soon as…聞くやいなや 私はすぐにそれを、「我が息子」と「私」に置き換えることができた。嗚呼。息子小6の時、担任の先生から夜7時に電話。「今日、掃除の時間、GOTOくんが友達とふざけていて、掃除が済んで着席していた子のこめかみに、ほうきの柄が当たって、その子は保健室で少し冷やして、帰ったのですが…、状況どんなだったか、今から聞きに家に行きます。」ヒエ~!あろうことか、先生が今から家に来られる?!私は、事情も何も、まずは、息子を呼んで一言「今から先生が来るから、玄関片付け~!急いで!ほら、もう(何がほらもう?」やはり、私がADHDだから?ADDだから?おかざき先生ともちょっと形は違うけど、仲間?うれしいなあ。
堰きを切ったように、長々と失礼しました。これからもよろしくお願いします。