2008年11月

2008年11月25日

条件!30歳代に見えること…

先日、ある小学校で保護者の方たちに話をした際、最後に、「時には、自分にも心の栄養がいくようなことをできたらいいですね。」と締めくくった。
そして、「私の栄養は…」と告白。
実は、私は来る11月29日土曜日に沢田研二、つまりジュリーのコンサート、"ジュリー祭り”に行くのであります。
それが私のこの何十年かの願いの一つでありました。
それが実現するのだから、本当に、心の栄養になるに違いない!

行くと決めてから、チケットを購入するまでのその何というか、ワクワク感に浸っていたときのことである。
非常勤で行っている大学の学生が、授業の終わりに、学生にむかって叫んでいた。

「あのお、11月29日のジュリー祭りのバックコーラスのバイト、やりませんか?」
「え?はあ?それって?」
「先生、行くって言ってたの、これでしょう?」
「それそれ!そうそう!それって、年齢制限あるの?」
「さあわかりません…」

私はとるものもとりあえず、就職課へ走った。
大きい声では聞けず、こそこそと、「ジュリー祭り…」とつぶやいた。
そして、たずねた。
「年齢制限ってありますか?」
すると、係の方がとてもとても申し訳なさそうな顔で次のように言われたのでありました。

「年齢制限はないのだけど、30歳ぐらいに見えることが条件ということで…」。
絶句!ウーム…でした。

むしろ、30歳までと言ってくれたらよかった…。
制限あると言ってくれたらよかった…。

大勢のバックコーラスらしくて、シルバーコーラスも多数でるらしいが、音大枠は30歳ぐらいに見えること。そうよなあ。
しかし、係の人がなぐさめるように一言。

「もし、人数がどうしても足りないときは声かけますね。」と。

11月29日、ジュリー祭りのバックコーラスで、もしも、若い人の中、一人浮いている人物がいたら……

それは私

心の栄養になるように行ってきま~す。

2008年11月30日

私は二万二千人のひとり~沢田研二 ジュリー祭り~

昨日、ジュリー祭りに行った。
幸せはじわじわ湧いてくる。

三時開演の一曲目の一音から、アリーナ席は総立ち!
観客も大丈夫か?と思ったが、沢田研二も最初から熱唱。
大丈夫か?とこちらも心配。

と・こ・ろ・が、

最後まで熱唱。あのセクシイな声は変わらず。
ステージ狭しと走り抜け、
タイガース時代のステップも
ジュリーの振り付けも
最後まで全力だった。

80曲、そらで歌いきった。
すごい!
私は、途中から、音楽療法のセッションの記録をとるように、曲名をメモしだした。
わからない曲は出だしの歌詞を。
聴き取れない歌詞はさびだけでも。
ラストが80曲目だった。

最初の一曲で、私は、しみじみ、私の原点はここだったなあと、感じた。
高校時代、テレビででる歌は、今のようにすぐには楽譜はでなかった。
だから、聞いた曲は、自分で音を探してピアノで弾いていくのだった。
原点はそこ。

高校時代、私は、母に「もし、沢田研二から結婚してくれ、と言われたらどうしよう?」と相談したりさえした。
それくらい思わせた私の男を見る目に間違いはなかった!と昨日ひしひしと。

しかし、大学時代からテレビのない時代が数年あり、その間の歌はほとんど知らずじまい。
実を言うと、80曲中、知っている曲は本当は少しだった。

昨日の京セラドームの観客は2万2千人。
皆、それぞれの時期にファンになり、今に至っているのだろう。
ある人は知らなくても、この人は知っている。そんな歌のオンパレード。
私は、ファン度の順位をつけるとしたら、この中の2万2千番目のファンかもしれないと思った。
それくらい、他の2万1999人はすごかった。

音楽療法を学んでから30年余り。
私は最初からの音楽をあんな風に奏でられるだろうか?
いやできない。
沢田研二はすごい。

私も還暦目指して頑張ろう!と、力をもらった。

京セラドームでは、皆いい人だったのに、いったん、会場を離れると、満員電車を押し合いへし合い。
あああ、これも人生!と、夢と現実を感じた帰り道。

私は、興奮してないと思ってたのに、今日のコミセンでの音楽療法の話。
夕べののりで突っ走った~

沢田研二、ありがとう!サンキュー!ありがとうね!おおきに!

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