2009年04月

2009年04月20日

落ちこぼれ自慢

先日、理事として行っている幼稚園の母の会総会に出席した。
学校で言うPTA総会のようなあつまり。

今年度、理事長が新しい方になったので、会の冒頭で、その新理事長があいさつをされた。
いろんな大学の学長や理事長を歴任された八十歳代の先生。
その先生の口から、
「僕は、旧制の中学で、落ちこぼれでした。
成績が、学年250人余りの200番より前に行ったことがなく、
学校から見ると、じゃまな生徒だった…」と話されました。

話の真意はもっと後にしっかり話されたのだが、
『落ちこぼれ』のことばに私は釘付けになった。
世間で偉い先生と評されている、この先生も落ちこぼれの体験をされてるんだ!と。
落ちこぼれに上等も上等でないもないが、この先生は、上等な落ちこぼれだろう。
しかし、まわりから、じゃまな生徒というイメージをもたれて旧制中学時代を過ごされたのは事実。

何だか勇気が湧いてきて、
「私も高校時代落ちこぼれだったが、それがあっての今だ。私はそれでよかったんだ!」
と心に力がみなぎってきた。
そんな思いに浸っているうちに、今度は園長の話。

園長も新しくかわり、七十歳代の新園長があいさつをされた。
「実は、僕も落ちこぼれでした。
19歳のときに母が亡くなったが、
亡くなる1ヶ月前に話したときに、
『おまえは何も秀でたものがないが、
何だか、先生という仕事にむいているんじゃないか。』
と言われたのが、心に響き、教師になる道にすすんだ。

成績のいい東大の出身者ばかりが先生だったりしたら、
僕のような落ちこぼれの気持ちはわからないだろうから、
ぼくのような者も必要だ!
とそう思って教師になった。
それから半世紀…」と話された。

私は、「はい!私も落ちこぼれです!」と手を挙げそうになったが、こらえた。

なぜなら、その母の会の総会、その調子ですすんでいったら、本題に入るまでに、日が暮れそうだったから。

私って、落ちこぼれの時代があっても、こんなに楽しく愉快に暮らしている。いや、落ちこぼれだったからこそ、かもしれない。

何だか、落ちこぼれを心から自慢でできそうな気がする~
(あると思います)

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