落ちこぼれ自慢

先日、理事として行っている幼稚園の母の会総会に出席した。
学校で言うPTA総会のようなあつまり。

今年度、理事長が新しい方になったので、会の冒頭で、その新理事長があいさつをされた。
いろんな大学の学長や理事長を歴任された八十歳代の先生。
その先生の口から、
「僕は、旧制の中学で、落ちこぼれでした。
成績が、学年250人余りの200番より前に行ったことがなく、
学校から見ると、じゃまな生徒だった…」と話されました。

話の真意はもっと後にしっかり話されたのだが、
『落ちこぼれ』のことばに私は釘付けになった。
世間で偉い先生と評されている、この先生も落ちこぼれの体験をされてるんだ!と。
落ちこぼれに上等も上等でないもないが、この先生は、上等な落ちこぼれだろう。
しかし、まわりから、じゃまな生徒というイメージをもたれて旧制中学時代を過ごされたのは事実。

何だか勇気が湧いてきて、
「私も高校時代落ちこぼれだったが、それがあっての今だ。私はそれでよかったんだ!」
と心に力がみなぎってきた。
そんな思いに浸っているうちに、今度は園長の話。

園長も新しくかわり、七十歳代の新園長があいさつをされた。
「実は、僕も落ちこぼれでした。
19歳のときに母が亡くなったが、
亡くなる1ヶ月前に話したときに、
『おまえは何も秀でたものがないが、
何だか、先生という仕事にむいているんじゃないか。』
と言われたのが、心に響き、教師になる道にすすんだ。

成績のいい東大の出身者ばかりが先生だったりしたら、
僕のような落ちこぼれの気持ちはわからないだろうから、
ぼくのような者も必要だ!
とそう思って教師になった。
それから半世紀…」と話された。

私は、「はい!私も落ちこぼれです!」と手を挙げそうになったが、こらえた。

なぜなら、その母の会の総会、その調子ですすんでいったら、本題に入るまでに、日が暮れそうだったから。

私って、落ちこぼれの時代があっても、こんなに楽しく愉快に暮らしている。いや、落ちこぼれだったからこそ、かもしれない。

何だか、落ちこぼれを心から自慢でできそうな気がする~
(あると思います)

コメント (4)

落ちこぼれですか(*^_^*)

それなら 私も間違いなく、そうでした(*^_^*)

昨年、四川に心理の仲間、それも大学教授と名のつく、多くの仲間と出かけ、
私を含め、
みんな何かしら 落ちこぼれの要素を持っているのを
再確認しました(^^)/~

おかざき

嶋岡:

私も落ちこぼれ。
こぼれているから、子供の気持ちがわかる。
小学校時代本を読むのが嫌いで嫌いで。
亡くなった母親に、今日は国語の教科書何回読んだ。怒られた。
ごまかす私は、つまりつまりの音読をして母に聞かせた。
これがたたって未だに、しゃべることが嫌いな自分に嫌気がさしている。
後藤先生、素晴らしいお話を聞かせていただいてありがとうございました。
昨日、みなと銀行の支店長さん私の話に、笑顔で聞いてくださいました。ついついしゃべってしまいました。
私も、笑顔の練習します。    

後藤浩子:

嶋岡先生、おかざき先生

コメントありがとうございます。
「こぼれているから、子どもの気持ちがわかる」
名言ですね!
生徒さんたちがどれだけ救われることでしょう!

このコーナーだけでも、3人が落ちこぼれにエントリー!
何だか、元気出てきますね。

いい連休をお過ごしください。
 

アイラ:

何とか元気に頑張っています。
ハードな毎日を送っています。
私はとても運動神経が鈍く、テニスでもバレーボールでも何でも、ラリーにならないというか~(^-^;
迷惑なメンバーだったと思います。

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