2008年07月

2008年07月10日

四川から戻りました

四川、
8日夜11時過ぎ、中国四川から無事自宅へ戻りました。

8日間の重慶、成都での体験はとても大きく、まだ言葉にまとめられません。
特に重慶では朝8時半から夜の9時半まで
ほとんど研修、研修で
(ボスには サマリーを至急と要求されていますが(^-^;)

人口が10倍、国土も大きく、
結果、被害も阪神淡路大震災の約10倍 死者がほぼ7万
 まだ行方不明の方も2万人近く

阪神のときには個別の名前で上がりましたが、中国はどうなんだろう?
数でしか上がってきていないみたい

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重慶では西南大学で3日間 大学関係者、被災地の教員、そしてボランティアへ
心理援助の様々な研修
夜には 1日目は重慶の病院からの心理・医師たちへの研修
2日目は重慶精神病院へ出向き、50名近い医師・心理士、ナースへの
Q&A スーパーバイズを担当しました。
皆さん、とっても熱心で、私語もなく、席も前から埋まり、
質問も次々とでて
支援への熱意、how toを習得したい、より良い支援をしたいとの
熱い思いが伝わる時間でした。

一番印象的だったのは、
後方支援地としての重慶、成都という土地柄、
重症者は搬送できず、軽症者は現地でケアできるので
関わる必要があるのは、手足切断、なんらかの身体的負荷を負った方々
それも半端ではない数

そして学校が壊れてしまい、行き場を失った子どもたち
これは学校単位で、病院や施設を仮の宿として

真っ赤な横断幕に それぞれの地区の名前と 第○中学の子どもたちがここにいます
という表示があふれていました。

メインは喪失体験
親を亡くし、親族を亡くし、家を失くし、四肢を失くし、

質問の一つに、
「親族が被害に合いました。家も 周囲も壊れました。
(政府の施策によって?) 元の場所に戻ることが出来ません。
私たちは全員 他の場所に移動するように言われました」
移動する人間は 兵庫県規模のようでした。
その女性は会場に座っているときから、表情がずっと険しく暗く、
全身から悲しみがあふれ出しているようでした。

長岡からの織田嶋先生は山古志村のケース
コミュニティが一団となって 同じ地域に移住する方法を提示して
いらっしゃいましたが、
私は話を聴きながら、県外被災者を思い出し、
涙を流すしかありませんでした。

四川の被災地は少数民族が多く居住していた地域で
移住により、固有の地縁や文化が崩れ去っていく可能性があります。

無力を感じました。

「変えられることと、変えられないことを識別しましょう。
もし一緒に元の故郷へ戻ることが可能なら、
そうして欲しいなら声をあげましょう。
もしそれが不可能なら次善の策として、一緒に一団として移動する提案をしましょう。
それも無理なら お便りやお知らせでつながりを確認し続けましょう」

そんな提案しか出来ませんでした。

支援者は往々にして無力です。
でも 師の一人である中井久夫はBeingすること、傍に寄りそうことの大切さを
説きました。

会が終わったあと、その女性は
「友が来て、私たちのために一生懸命 助けようとしてくれていること
そして一緒に涙を流してくれることに慰められました。」と握手とハグをしてくれました。


西南大学の最後のセッション 日中米合同シンポの折り、
「支援の方法としての文化差」のトピックスで、
我が隊長 冨永良喜先生が
「確かに文化の違いがありますが、
それ以上に人間としてシェアできる悲しみ、悼み、
それを支えていこうとする熱意、そこに同質性を感じました。
私たちは中長期的に支援していきたいと思います」という
言葉の重さと深さに共感しました。


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四川報告 その2

4日目からの成都・西華大学は解放軍の学び舎でもあるらしく
朝夕に若い軍人の隊列移動がみられました。
彼らが救援の最前線

まだ生き埋めの方々の場所には当然のことながら一般人は立ち入り禁止
被災地は外国人も立ち入り禁止なのですが、
私たちは大学関係の許可があり、一部ですが、入ることが出来ました

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黄 正国君撮影


成都に着いてから 2班に別れ、
私は8名と西華大学に残り、現地の心理関係者、医師や心理士、
被災地教員の訓練やSVに関わりました。
別班の3名(通訳1名を含む)は 綿竹を中心に被災地を訪問 
ケアにあたりました。
とっても良い活動が出来たようです。

地震時、幼稚園(崩落した)の2階の窓から
放り投げられ 命が助かった3歳の女の子は地震後、母親にしがみつき
離れられなくなっていたらしいのですが、
仲間の一人である小林先生のパンダのパペットに誘われ、
二日目、三日目にはお母さんから離れられるようになり、、
お風呂に入れるようになったとか

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黄 正国君撮影

お母さんと女の子の笑顔がこぼれた写真が届きました。
他にもずっとランドセルを背負い続けている子、
顔に傷を負っている子など、

テントの中はどんなに暑いでしょうね。


私の最終日には彭州の被災地を廻りました。
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黄 正国君撮影

研修の感想に何人かの受講生から「日本人への見方が変わった」と 
書かれていたのは嬉しかったです。

2008年07月27日

キズをつけて磨いて! 

大学の非常勤講師をしている。

大阪南港にある相愛大学。
今年はくしくも創立120年 いろんな記念行事があるけれど
私は 音楽学部の音楽療法コースと人文学部の心理学科の学生たちを教えている

前期の最後、音楽療法コースの学生には研究発表
心理学科の学生にはテストをした。

真剣な時間。 課題に取り組むまじめな様子。

昨日 千住真理子さんが父に関して書いた文章(産経新聞 朝刊)を読んだ。
父 千住鎮雄氏は慶応大学の教授だったそうだが、精神的にとても厳しい人だったとか。

困難な課題を与え、「精一杯努力すること」を求めた。
彼女が幼いときに、音楽コンクールに出ることをためらっていると、
「人生には鍵を開けなければならないときがある」と背中を押し、また
「コンクールで勝ち負けは問題ではない。コンクールは自分を磨く場であり、
自分が良いと思った音楽をやればよい。他人と争うのはやめなさい」とも語ったという。

大学になり、スランプにあえいでいた真理子さんに、
「ダイヤモンドは磨かなければただの石なんだよ。
キズをつけて磨くことを繰り返してようやくダイヤモンドになるんだ」

「千住家の子育て」って 確か真理子さんのお母様の著書があったと思うけれど

素晴らしいご両親だったと感じた。

テスト用紙を前に、また課題を前に振吟する学生たちを見ていて
どんどん真剣勝負をかけて欲しいと感じた。

日本には資源がなく、あるのは未来の君たち、「人材 人」 だけなんだから

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2008年07月30日

四川 チーム(one for all, all for one!)

四川から戻り、まだ 四川を引きずっています。

中国では 
仲間が7月12日 震災2ヵ月後にインターネットを検索しても
震災関連のニュースは何も引っかからなかったと伝えてくれました。

第1次派遣のときには 大きく掲げられていた「抗震救災」の赤い横断幕は
第2次派遣の折には、四川、被災地にしか見られなくなっていると
第1次派遣チームは ビックリしていましたが
国の方針として オリンピック 国威発揚「加油 奥運!」に切り変わっていっているようです。

でもね、日本の炎天下にいて あのテント村の人たちは、みんな仮設住宅へ移動できたのだろうか?
エアコンもない 灼熱の大地で どんな毎日を過ごしているのだろうと
時折、思い巡らしている自分がいます。

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黄 正国君撮影

生きていくとき、希望は光です。

重慶で私たち派遣チームを訪ねてこられた、政府の役人は
開口一番、「今日は政府の代表として来ました。 (派遣チーム)隊長は 
スポーツにおける
メンタルトレーニングのノウハウを持っているとか。 北京オリンピックにおいて
わが同胞が活躍するためにそのノウハウを教えて欲しい」

あっけにとられました。

その折に、我が隊長は 「四川でこんなに大きな災害が起こり、たくさんの方が亡くなりました。
また 多くの方が親族を亡くし、家を失くし、四肢を失くしました。
その方々を勇気づけるために その方々の思いを胸にとめて
一生懸命がんばること。 これこそが中国選手の奮起の元となるでしょう。

特に四肢切断の方々にとって、パラリンピックで障害を持った方が活躍することが、
希望につながるでしょう。
オリンピック、パラリンピックの選手たちと被災地の交流があれば
両者が お互いに勇気付けることができるでしょう」
と話されました。

お役人は隊長の発言を 一生懸命メモしていました。
ひょっとするとオリンピック、そしてパラリンピックに被災者への 何らかの配慮が
含まれるかもしれません。

このチームに所属できたこと、
隊長以下、各メンバーの優秀さ、温かさ
通訳チームの質の良さ、素晴らしさに 
仲間がいること、チームとして真剣に働けることの喜びを感じました。

現地で、日本人への意識が大きく変わったとの声がたくさん聞かれましたが、
私も 特に中国人通訳チームの3人を通して、中国の方への感覚と意識が大きく変わりました。

国籍が異なり、体制が異なっても、
顔の見える存在として 尊敬しあえる人間関係を築けること
それが とても大切と感じています。

良いチームに所属できて 幸せです(^-^)/^^

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高橋光恵さん 撮影 西華大学

2008年07月31日

あなたに会えて良かった!

大学前期授業の終了
今、手元に届いた答案用紙を眺めている
求めたわけでもないのに、裏に感想

履修登録したのが35名、
点呼せず、出欠自由と最初に宣言!
全欠が6名、全出席が11名 
毎回、20名前後の学生が出席
最終の試験を受けたのが26名
これって多いんだろうか、少ないんだろうか?

授業の最後に毎回感想を書いてもらった
それが楽しみ 講義のどこを受け止め、
何を印象深く心にとどめたのか

クラスのなかには、ジャニーズ風の数名もいれば、
ガラスのように傷つきやすそうな子
ロックン・ローラー風のヘビメタの子
ノリで授業に出てきている一群
そしていかにも真面目を絵に描いたような学生たち


でも一部の感想は、繊細で、鋭く、
こんな部分まで一生懸命 耳を傾けてくれたんだと感じることも多かった。

答案用紙の裏面から 2名分の感想

「この半年間、この授業でやってきた勉強は私にとってすごく衝撃的でした。
今まで自分が隠してきた過去の一部分が、
もしかしたら、将来誰かの役に立つかもしれない。
そう思えました。
キズをえぐるように、思い出すのはとっても辛かったけれど、
それ以上に知識と希望をもらえた気がします。
半年という短い期間でしたが、
私は先生に会って、授業をしてもらえて良かったです。
本当にありがとうございました、
先生みたいなカウンセラーになりたいです」

別の学生は
「この授業を受けて本当に良かったです。
大切なことをたくさん学びました。
半期の間、ありがとうございました!!(^-^)
先週辛かったときに、話を聞いてもらって、気持ちがとても楽になりました
(ほとんど聞いてない。ただ、涙ぐみ始めたので大丈夫?とたずねただけ<おかざき注) 
嬉しかったです! ありがとうございました★」

テストには授業の感想を要求したわけではなかったのに、
ほかにも数人、感想を書き込んでいた。

終了後、わざわざ寄ってきて、ありがとうございました
と言ってくれた。
嬉しかった。

ただ、テスト答案用紙をチェックしたところ、
まだまだ教えたりない、穴が一杯あるのに気づいた

教え方としては反省しきり。
申し訳ありません。

素敵な学生に会わせてもらえて感謝!!!

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